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東京高等裁判所 昭和43年(ネ)450号 判決

控訴人 新日本興業株式会社

被控訴人 朝日生命保険相互会社

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取消す。被控訴人は控訴人に対し金一一八八万円及びこれに対する昭和四一年一一月二五日から支払ずみまで年六分の金員を支払うべし。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、主文第一、二項と同旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張及び証拠の関係は、控訴代理人において、「本件保険料債務は取立債務であり、係争の昭和四〇年九月分保険料の支払期日は同年一〇月三一日であるところ、控訴人がその支払の準備をして待機していたにも拘わらず、被控訴人は右期日までにその取立をすることを怠つたのであるから、本件保険契約は被保険者鈴木意の死亡事故発生当時なお有効に存続していたものである。」と述べ、(立証省略)被控訴代理人において、「本件係争の昭和四〇年九月分保険料の支払期日は昭和四〇年九月三〇日である。但し、昭和四〇年一〇月一日から同月三一日までの間に保険事故が発生したとすれば、たとえ同年九月分の保険料が右支払期日までに支払われていなかつたとしても、本件保険契約は失効しない。しかして、被控訴人は昭和四〇年九月二九日及び同年一〇月一日の二回にわたり集金人宮本愛子をして控訴人の事務所に右九月分の保険料の取立に赴かせたが、控訴人は右保険料を支払わず、従つて本件保険契約は猶予期間の末日である同年一〇月三一日の経過とともに失効したものである。なお、被控訴人は同月二七日、同月三一日及び同年一一月一日の三回にわたり集金人丸ハルをして控訴人事務所に赴かせ右九月分の保険料の支払を請求をさせたが、控訴人は遂に右保険料の支払をしなかつたものである。」と述べたほか原判決事実摘示のとおりであるから、ここにこれを引用する。

理由

控訴人が昭和三九年六月三〇日亡鈴木意の同意を得て被控訴人との間において本件約款及び特約に基き被控訴人を保険者、控訴人を保険契約者、亡鈴木意を被保険者とする控訴人主張のような生命保険契約を締結したこと、控訴人は右保険契約締結と同時に被控訴人に対し第一回保険料金三万円を支払い、以後昭和三九年七月から昭和四〇年五月まで前後一一回にわたり毎月末日かぎり被控訴人の集金係員宮本愛子に対し昭和三九年七月分から昭和四〇年五月分の保険料金三万円ずつを支払い、さらに同年七月三一日同年六月分の、同年八月三一日に同年七月分の、同年一〇月一日に同年八月分の保険料各金三万円ずつを支払つたことは当事者間に争いがない。

ところで、被保険者である亡鈴木意が昭和四〇年一一月一九日死亡したこと及び控訴人が同月二四日被控訴人に対し亡鈴木意の死亡の事実を通知し、保険金額金一一八八万円の支払を請求したことは当事者間に争いがないところ、被控訴人は本件保険契約に基く昭和四〇年九月分の保険料の支払期日は同月三〇日であり、契約失効の猶予期間は同年一〇月一日から同月三一日までであるが、控訴人は右保険料を支払期日に支払わず、右猶予期間を徒過したので、本件保険契約は右猶予期間の経過により失効したものである旨主張し、これに対し控訴人は、本件保険料はいわゆる取立債務であり、問題の昭和四〇年九月分の保険料の支払期日は同年一〇月三一日であるが、控訴人がその支払の準備をしていたにも拘らず、被控訴人は右期日までその取立をしなかつたものであるから、本件保険契約は失効することなく、なお有効に存続している旨主張し、第一に問題になるのは本件保険料支払債務が持参債務であるか取立債務であるかの点にあるので、まずこの点について判断する。

成立に争いのない乙第一号証によると、保険料支払の場所に関し、本件約款第三条には「保険料は、会社(被控訴人をいう、以下約款又は特約を引用するときはこれに同じ)の本社または会社の指定した場所に払い込むことを要します。」との規定があり、さらに本件特約第三条には「1 保険料は、会社の本社または会社の指定した場所に払い込むことを要します。ただし、会社が集金人を契約者の住所またはその指定した保険料払込場所に派遣したときは、その集金人に払い込んで下さい。2 会社の集金の際に保険料が払い込まれなかつたとき、または払い込むべき月の翌月の二〇日以後は、会社の本社または会社の指定した場所に払い込むことを要します。」との規定があることが明らかである。そして、右の約款第三条の規定はとりもなおさず保険料持参債務の原則を明定したものにほかならず、特約第三条策一項本文の規定もまた全く同一の規定であるから、本件約款及び特約を通じ本件保険料支払債務は持参債務であることが宣言されているものとみなければならない。問題は、右特約第三条第一項但書の規定によつて被控訴人が契約者のもとに集金人を派遣していた場合には、右持参債務の原則が変更されるものであるかどうかの点にあるが、同条第一項本文及び第二項の規定とあわせ考えるに、右但書の規定は本文の規定を受けてその例外の場合を定めたものであつて、本件保険料支払債務が持参債務であるとの原則を変更するものではなく、ただ単に被控訴人が契約者のもとに集金人を派遣したときは本来の原則どおり保険料を持参して支払う必要はなく集金人にこれを支払えば足りる旨を定めているに過ぎないものと解せられる。それゆえ、同条第二項の規定はさらに第一項但書の集金の際保険料が支払われなかつた場合又は集金の有無に拘わらず払い込むべき月の翌月の二〇日以降は原則どおりこれを持参して支払うべき旨を定めているのである。成立に争いのない甲第二号証の一には「保険料お払込みについてのお願い」として「保険料は、毎月会社から集金にお伺いしたときにお払い込み下さい。」との記載があることは控訴人主張のとおりであるが、右文言に続き「直接取扱店へお払い込みのときは、この領収帳をお持ち下さい。」と、持参払の場合の取扱方法についての記載があることからも明らかなように、右文言は本件保険料支払債務が取立債務であることを示すものではなく、特約第三条第一項但書の規定による場合を記載したものに過ぎないものと認めるべきである。

しかるに控訴人は、東京都内においては保険料支払債務を取立債務とする事実たる慣習がある旨主張する。

たしかに、わが国の生命保険業界においては保険者が保険料の持参払を俟つことなく保険契約者のもとに集金人を派遣して保険料を徴収することが、広く行われていることは世上公知の事実であり、本件においても契約者たる控訴人が昭和三九年七月分から昭和四〇年八月分までの保険料を被控訴人の派遣した集金人に支払つていることは前示認定のとおりである。しかし、又、本件においてみられる如く、保険契約においては保険料の支払場所について特約のあるのが一般であるから保険料の支払債務を取立債務とする事実たる慣習があるとなしうるかは右の事実のみによつて判定し難いところであり、右の慣行がかりに、事実たる慣習といいうるとしても保険契約当事者の意思表示の内容となるためには当然意思表示の内容に保険料支払場所に関し何らの定めがない場合に限られるものというべきところ、すでに述べたように本件保険契約にあつては保険料支払場所に関しこれを持参債務とする旨の約款及び特約の規定が存するのである。従つて、本件保険契約の当事者である控訴人と被控訴人との間には保険料支払の場所に関し右の慣行と異る明示の約定がなされているものといわなければならないのであるから、右の慣行の存在は保険料支払の場所を定めるにつき標準とはなり得ないものといわざるを得ない。そうとすると、右慣行の存在を以て本件保険料支払債務を取立債務であるとする控訴人の主張が理由のないことはいうまでもないところである。

そこで次に、問題の昭和四〇年九月分の保険料の支払期日が何時であるかについて検討する。

本件特約第二条に「第二月以後の保険料は毎月その月の末日までに払い込むことを要します。ただし、払い込むべき月の翌月一日から一カ月を猶予期間とします。」との規定があることについては当事者間に争いがなく、右規定によると、昭和四〇年九月分の保険料の支払期日は同月三〇日であることが明白である。

ところが、控訴人は、被控訴人は保険料の支払を各月分につき翌月末日まで猶予したもので、右昭和四〇年九月分の保険料の支払期日は翌一〇月末日である旨主張する。そこで、右特約第二条但書の規定にいう猶予期間なるものの意義が問題となるのであるが、本件約款第五条に「保険料が払い込まれずに、前条の猶予期間が過ぎると、保険契約は効力を失います。」との規定の存することは当事者間に争いがなく、本件約款及び特約の各規定をあわせ考えると、右約款第五条の規定は本件特約第二条但書にいう猶予期間の意義を定めたものにほかならないものと認められるのであつて、右但書にいう猶予期間なるものは保険料支払の期限の猶予ではなく、契約者の保険料支払債務の不履行により直ちに保険契約を失効するものとはせずにその失効という効果の発生を猶予したものと解すべきものである。従つて、本件約款及び特約上本件保険料支払債務は特約第二条本文の支払期日の到来とともに遅滞に陥るが、保険契約はこれにより直ちに失効するものとはせず、右猶予期間を設け、保険者はその期間内に事故が発生したときはこれに対し責任を負うこととするとともにその期間内に保険料が払い込まれたときは保険契約は効力を失うことなく継続するものとされているものと認められるのである。しかして、被控訴人が昭和四〇年七月三一日に同年六月分の、同年八月三一日に同年七月分の、同年一〇月一日に同年八月分の本件保険料各金三万円ずつの支払を受けたことは前示認定のとおりであるが、原審証人宮本愛子の証言によると、被控訴人が右認定のように昭和四〇年六月分から同年八月分までの本件保険料を支払期限の翌月末日頃に受領しているのは、被控訴人が控訴人に対し各月分の保険料の支払をその翌月の末日まで猶予したことによるのではなく、控訴人がこれを約定の期限どおりに支払わず、保険契約を失効させないよう前記特約第二条但書の猶予期間ぎりぎりにこれを支払つたことによるものであることを認めることができ、他に被控訴人が控訴人に対し本件保険料の支払を明示若しくは黙示に猶予したものと認めるに足りる証拠は存しないから、期限の猶予に関する控訴人の主張は理由がないものといわなければならない。

よつてさらに、控訴人が右昭和四〇年九月分の保険料を支払つたかどうかについて判断する。

しかるところ、控訴人が被控訴人に対し右昭和四〇年九月分の保険料を支払期日である同月末日までは勿論のこと猶予期間の末日である同年一〇月末日までにも支払つたことを認めるに足りる措信すべき証拠は全く存在しない。それのみならず、集金記事欄を除くその余の部分の成立について当事者間に争いがなく、集金記事欄につき原審証人宮本愛子並びに原審及び当審証人丸ハルの証言によりその成立を認め得る乙第二号証の二、原審証人宮本愛子の証言により成立を認め得る同第四、第五号証に右各証言をあわせると、被控訴人方の集金員である宮本愛子は昭和四〇年九月二九日、同月三〇日及び同年一〇月一日の三回にわたり控訴人方に赴き同年八月分の保険料とともに同年九月分の保険料をも支払うよう催告したこと、次いで集金人は丸ハルに代わつたが、同人に本件保険料の集金台帳が引き継がれた際には右昭和四〇年九月分の保険料の支払期日はすでに過ぎ保険料不払による契約失効の猶予期間もまた相当経過していたので、まず同年一〇月二七日頃、次いで同月三〇日と控訴人方に赴き未入金の同年九月分及び同年一〇月分の保険料の支払を求めたが、二回とも女子事務員に出会つただけで控訴人方の責任ある地位の者に会うことができず右の支払を得られなかつたこと、ところで、右昭和四〇年九月分の保険料の不払による契約失効の猶予期間は同年一〇月末日であるが、被控訴人方の集金員が各月分の保険料を集金納入するのは翌月一日の午前一〇時までであり、その時までに会社に納入すれば前月分の集金として取扱われるので、丸ハルは本件保険契約が失効しないよう契約者である控訴人に対するサーヴイスとして被控訴人に対する保険料集金納入に間に合うぎりぎりの同年一一月一日朝にも控訴人方に赴き同年九月分の保険料の支払を求めたが、その支払を得られなかつたことが認められるのである。

そうとすると、控訴人と被控訴人との間の被保険者を亡鈴木意とする本件生命保険契約は昭和四〇年九月分の保険料支払債務の不履行により猶予期間の末日である同年一〇月三一日の経過とともに本件約款第五条特約第二条但書の規定に従い失効したものというべく、しかして保険事故である亡鈴木意の死亡は同年一一月一九日のことであつて、本件保険契約失効後に生じたものであることが明らかであるから、控訴人は被控訴人に対し右鈴木意の死亡により保険事故が発生したとして本件生命保険金を請求し得ないものといわなければならない。

しからば、控訴人の本訴請求は失当としてこれを棄却すべく、理由は些か相違するもののその結論を同じくする原判決は結局正当であるから、本件控訴を棄却することとし、控訴費用について民事訴訟法第八九条第九五条の規定を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 浅賀栄 岡本元夫 鈴木醇一)

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